デス・オーバチュア
|
ゼノン達が立ち去ると、入れ代わるように一人の修道女が姿を現した。 「確かにあなたは強くなった……けれど……」 修道女は、倒れている聖騎士の傍にしゃがみ込むと、彼の後頭部を優しく撫でる。 「常に何にでも全力投球というのは……ある意味お馬鹿さんね……」 修道女はクスクスと笑った。 嘲笑いでありながら、どこか好意的にも見える優しげな微笑。 「正義馬鹿……いつまで、どこまで、あなたはその正義を貫けるのかしらね……」 修道女は微笑を消して真顔になると立ち上がった。 「人間の正義はいつか必ず破綻する……この世に絶対の悪と絶対の善はあっても、絶対の正義は存在しない……なぜなら、正義とは矛盾そのものであり、絶対とは程遠い不完全なものだから……」 修道女の掌の上で聖書が独りでにめくられ、あるページでピタリと止まる。 「揺るぎなきエゴの表と裏の名、それが善と悪……正義とは、己の悪のエゴを偽り、同時に他者に自分の善のエゴを押しつけること……」 修道女は聖書の中から出現させた一振りの剣を、聖騎士の真横の大地に鞘ごと突き立てた。 「例え正しきことでも他人に強要することは、欲望のままに生きることよりも質が悪い……同時に、例え社会的に悪いことでも自分の想いを偽ることは純粋でなくなることを意味する……」 ページが閉じられると同時に聖書が修道女の掌の上から消失する。 「お前、何が言いたいんだ?」 いつのまにか、ギルボーニ・ランが修道女の横に立っていた。 「そうね、一言で言うなら、正義は善にも悪にも劣る最低のものだということかしらね」 修道女は突然現れたギルボーニ・ランに動揺することもなく平然と応じる。 「ふん、で、そう言うお前は善、悪どちらなんだ?」 「善よ。私は自分が正しいと思うこと、したいと思うことだけをして生きているもの……他人のことなど一切気にせずにね」 修道女は堂々と言い切った。 「ははははっ、それは確かに善だな。限りなく絶対的な、揺るぎのない善だ。そこまで割り切れる奴はなかなかいないぜ」 「そう言うあなたはどっち?」 「俺か? 俺は悪を斬る者だ」 「あなたにとっての悪とは?」 「神だ。人間を支配、干渉しようとする超常の存在……俺はその存在を決して許さない。神即斬、神滅こそ俺の全てだ」 ギルボーニ・ランは、修道女に負けずに堂々と言い切る。 「そうだったわね、その考えに基づき、神を狩って、狩って、狩り続けているうちに……神殺しと呼ばれるようになったのよね」 「ああ……もっとも、生まれつき神を殺すのに適した力と体を持ってはいたがな!」 ギルボーニ・ランはいきなり極東刀を修道女に斬りつけた。 修道女は軽やかに跳躍して、その一撃を回避する。 「フフフッ、私は一応人間よ、神殺しさん」 「悪いな、人間をやめて、神や魔に等しい存在になった者も俺の狩り対象なんだよ」 「だったら、真っ先にあなた自身を狩ることをお薦めするわ……だって、あなたとっくに人間じゃなくなっているもの」 「ああ、そうだな……だが、俺が自決するのは、この世の神を全て狩り尽くしてからだ!」 ギルボーニ・ランは爆発的な勢いで必殺の突きを放った。 「やれやれね……」 それに対して修道女は、右手で虚空に十字を切る。 「何!?」 ギルボーニ・ランの左手平刺突の刃が二枚に割れていった。 「……そういうことかっ!」 ギルボーニ・ランは右手で拳銃を引き抜くと同時に、何もない空間に向けて連射する。 さらに、体を無理矢理捻って、見えない何かから逃れるように真横に跳んだ。 ギルボーニ・ランは左手から着地するとそのまま前転し、足が着くと同時に拳銃を突き出し発砲する。 解き放たれた弾丸は、修道女の直前で、見えない何かに切り裂かれたかのように爆発した。 「人形師……いや、人形遣いか……」 ギルボーニ・ランは拳銃の弾倉を素早く交換する。 「確かに、人形に『糸』は付き物だな……」 「フフフッ、一度も喰らうこともなく正体を見抜いたのはあなたが初めてよ」 修道女の右手が再び虚空に十字を切った。 「ちっ!」 ギルボーニ・ランは真横に転がりながら、拳銃を発砲する。 だが、修道女の左手の指が微かに動いたかと思うと、弾丸は彼女に届く前に自爆した。 「単分子(モノ・フィラメント)ワイヤーなどと呼ばれる物を、縦と横に一本ずつ……十字に交差させて放っている……種を明かせばそれだけのことよ」 右手から放たれた十字の糸の進行上にある物体は、一切の例外なく全て十字に切り裂かれるのである。 「一応物理的には切れない物は無い……切れ味良すぎて、切った端から分子間力だのでくっつくとも言われる程にね……」 修道女の右手が続けざまに、三回、虚空に十字を切った。 「くっ!」 ギルボーニ・ランは真横に大きく跳躍する。 両手から着地し、そのまま側転を繰り返しさらに遠ざかっていった。 「ちなみに、私の使っている物は厳密には単分子ワイヤーとは少しだけ違う……単分子ワイヤーの究極の鋭利さ、絶対の硬度を少し犠牲にして、人形の製作や操りに使える糸に近づけているのよ」 ギルボーニ・ランには修道女の説明を聞いている余裕などなかった。 何しろ、まったく見えない、絶対に破壊不可能な糸を放たれているのである。 糸が存在すると思われるおおよその空間を、余裕を持って大きく回避することしかギルボーニ・ランに対応策はなかった。 「まあ、そっちの能力を見せるのはまたの機会に……きゃああああっ! 助けて騎士様! 殺人鬼に殺されるうううぅぅっ!」 「なあっ!?」 修道女の凄まじい悲鳴が、ギルボーニ・ランの鼓膜を襲う。 「殺人鬼!? 大丈夫ですか、お嬢さん……いえ、シスター」 セイルロットが声に反応したかのように突然、ガバッと勢いよく立ち上がった。 「……なんだ、その反射的な復活は……」 ギルボーニ・ランは驚きを通り越し呆れたような目でセイルロットを見る。 「白髪、赤い目、物騒な拳銃……あなたが殺人鬼ですね!」 セイルロットは勝手に決めつけると、ビシッとギルボーニ・ランを人差し指で指差した。 「外見で善悪を決めるな……お前の後ろに隠れている女の方がよっぽど悪女……」 「きゃああああああっ! 埋められて、殺されて、犯される! 助けて騎士様〜!」 ギルボーニ・ランのセリフを遮るように、修道女が再び悲鳴を上げる。 「ああ、大丈夫ですか、シスター? 落ち着いてください、私が来たからにはもう大丈夫ですから……えっ?」 振り返り、修道女を落ち着かせようとしたセイルロットの動きが不意に止まった。 修道女はしまったといった感じの表情を一瞬だけ浮かべたかと思うと、頭のヴェールを深く被り直す。 「……デ、ディアドラ……姉上?……いえ、そんなはずは……」 「……どうかしました、騎士様? 私の顔に何か……?」 「……あ、すみません。貴方があまりにも……私が子供の頃に亡くなった姉に似ていたものですから……姉が生きているはずなどないのに……もし、生きていたとしても、あの頃のままの姿のわけがない……もういい歳をし……」 「んんっ! 騎士様、殺人鬼が無視されて怒っていますよ」 修道女はわざとらしく咳払いをして、セイルロットのセリフを中断させると、彼の意識をギルボーニ・ランに向けさせようとした。 「ああ、そうでした! 悪の殺人鬼に無防備な背中を晒すとは……我ながらなんと不覚な……」 セイルロットは、ギルボーニ・ランに向き直ると、苦悩するような仕草をとる。 「もう、ちゃんと守ってくださいね、騎士様〜」 背後の修道女が、拗ねたような、それでいて甘えるような声を出した。 「……すいません、シスター。もう大丈夫ですから、ここは私に任せて、貴方は早く逃げてください!」 「ええ、そうさせていただきますわ……では、騎士様、お気をつけて……」 修道女は言い終わるなり、物凄い速さで後ろに遠ざかっていく。 「さあ、悪の殺人鬼! 私が相手です!」 「……いや、なんかもう興がそがれたというか……馬鹿らしくなったというか……帰っていいか……?」 セイルロットと修道女の一連のやりとりを見ていたギルボーニ・ランは、二人のやりとりに呆れ果て、完全にやる気を失っていた。 『へっ、傑作なコントだったな。夫婦漫才ならぬ姉弟漫才か?』 セイルロットとギルボーニ・ランから姿が見えない程遠ざかった修道女……ディアドラ・デーズレに姿無き声が話しかけてきた。 「あら、焼き餅かしら、ダルク?」 『けっ、馬鹿言っているんじゃねえよ』 「フフフッ……」 ディアドラは、姿無きダルク・ハーケンの声に楽しげに応答する。 『てっきり、てめえは、木の股からでも生まれたのかと思っていたが、ちゃんと親兄弟がいたわけだ?』 「さあ? 昔のことはあんまり良く覚えていないわ。名前を覚えていた姉弟も末弟のセイルロットとその上のラシュオーンぐらいだし……」 『痴呆か?』 「フフフッ、違うわよ。覚えていなくても別にいい程度のことでしかないということよ……テオゴニアを得る前の過去の記憶なんて……この国で生まれた、大勢の兄姉が居た……それだけ覚えていれば充分よ」 『そんなもんかよ?』 「そんなものよ……」 『……それはともかくよ、あの剣は何だ? やけに嫌な波動を出していた気がしたが……』 「限りなく聖剣に近い名剣オートクレール……なんでかは覚えてないんだけど、どうも国の宝物庫から持ち出しちゃったみたいなのよね……良い機会だからあの子に返しておいたわ」 「聖剣かよ、道理で嫌な感じがすると思ったぜ……」 邪念と悪意の塊とも言える精神生命体である悪魔にとって、聖剣、聖なる力を持つ剣など相性最悪な天敵のようなモノだった。 『……て、親兄弟の名前や顔は忘れているくせに、聖剣の名前はちゃんと覚えているのかよ?』 「名前だけじゃなく、能力、性質、由来、全て完璧に覚えているわよ〜」 『ああ? 何でだよ?』 「知識はどうでもいい記憶と違って、忘れたくない大切なものだからよ」 ディアドラはきっぱりとそう言いきる。 『……けっ、訳の解らない女だよ、てめえは……』 「ゆっくりと理解してくれればいいわ……時間はいくらでもあるのだから……」 『けっ! てめえのことなんて別に解りたくもねえよ』 「あら、私達、パートナーでしょう? 相互理解はしていかなきゃね……ゆっくりと楽しみながら……」 『……契約したからって、悪魔を……俺を簡単に飼い慣らせると思うなよ!』 「簡単じゃないから楽しいんでしょう? それに、別に私はあなたに喰い殺されてもいいわよ……まあ、あなたにできるのならの話だけど……」 『けっ……』 「まあ、マッタリといきましょう、ダルク。気長に、気楽に、だらだらっと〜♪」 ディアドラは言葉通り、マッタリ……のんびりとくつろいだ笑顔を浮かべていた。 「では、行きますよ!」 セイルロットは飛びかかると同時に、両手にセイバーの刃を出現させる。 「仕方ない少しだけ遊んでやるか」 ギルボーニ・ランは殆ど同時に七発の弾丸を発砲した。 「セイバーの刃が消しさられる!?」 セイルロットは二本のセイバーで弾丸を全て打ち落とそうとしたが、セイバーの光刃は弾丸が触れた場所から剔り取られるように消滅してしまう。 光刃を食い散らかすように消滅せた弾丸達はそのままセイルロットの体に迫った。 「ぬっ!」 セイルロットは勢いよく、後方に仰向けに倒れ込む。 倒れた彼の上を、七発の弾丸達が通過していった。 「ほう、驚愕から平静を取り戻すまでの速さ、反射的で思いきりのいい避け方……流石だな」 ギルボーニ・ランは素直に感心したといった感じである。 「よっと」 セイルロットはブリッジから勢いよく立ち上がった。 「セイバーの刃を消し去るとは……その弾丸、普通の弾丸ではありませんね……」 「ああ、俺の弾丸は対神族用だから、神、聖、光などには強い効果を発揮するんだよ」 「対神族用?」 「ああ、そうだ、俺は神殺しのギルボーニ・ラン、悪の殺人鬼などではない」 「神を殺す!? なんと罰当たりなことを……」 「確かに俺達は属性的には対極だが、やっていることはそう違いはあるまい」 「私と貴方に違いがない!? 何の冗談ですか!?」 「人間にとっての害を狩る、殺し尽くす……狩る対象が神か魔かという違いこそあれ、やっていることは似たようなもんだろうが?」 「馬鹿な!? 魔物と神を同列に考えるというのですか、貴方は!? 神がなぜ、人にとっての害だと言うのです!?」 「神ってのは人間の命や心を支配しようとする分だけ、ただ遊びで人間の命を奪う魔よりも質が悪いんだよ」 「支配?」 「本能やエゴだけで生きている魔族の方が遙かにマシだ。奴らは結果的には他人のことなど気にもとめないが、積極的に他人に干渉……支配しようとしないだけ神よりはまだ救いがある……」 「……あなたの言っていることは私には理解できません……」 「神という羊飼いに喜んで飼われている羊に何を言っても無駄か……いや、お前の場合、羊というより、神の番犬……狗か?」 「狗!? いえ、私を侮辱するだけならいい……だが、神を侮辱することは許せない!」 セイルロットはセイバーの光刃を発生しなおすと、ギルボーニ・ランに斬りかかる。 ギルボーニ・ランは瞬時に拳銃を発砲した。 一発の銃声で放たれた三発の弾丸を、セイルロットは、今度は剣で打ち落とすのではなく、巧みなステップで回避しながら、ギルボーニ・ランに迫る。 「まあ、別に正義なんてあやふやで不完全で矛盾だらけの信念を信じるのは勝手だが……神だけはやめておけ」 ギルボーニ・ランは、迫るセイルロットの足下に弾丸を発砲した。 「くっ!?」 普通の弾丸ではありえない凄まじい爆発が起こり、セイルロットの動きを一瞬止める。 ギルボーニ・ランはその機を逃さずに追撃の弾丸を放った。 「ちっ!」 セイルロットは、セイバーの光刃を消すと、柄だけになったセイバーを迫る弾丸に投げつける。 弾丸と鞘が互いの中間で爆発する中、セイルロットは最後に残ったセイバーもギルボーニに向かって投擲した。 ギルボーニ・ランは、十三発目、最後の弾丸でセイバーを撃ち落とすと、即座に弾倉の再装填の作業に移る。 「神を信じて何が悪いんですかっ!」 ギルボーニ・ランが弾丸の装填を終えた瞬間、セイルロットの姿は彼の目前に出現していた。 「神の定めた善悪の基準じゃなく、自分自身の価値観、感覚で物事の善悪を決めろって言っているんだよ!」 セイルロットの右拳とギルボーニ・ランの左拳が正面から激突する。 「善も悪も自身のエゴで決めろ! 少なくとも俺は常にそうしている!」 ギルボーニ・ランは左拳を引き戻すと同時に、右拳を突きだした。 「エゴイストが! エゴのままに生きるなど他者にとって悪でしかない!」 セイルロットの左拳が、ギルボーニ・ランの右拳を迎撃する。 「何かに自分の判断の責任をなしつけるよりは遙かにマシだ! 神? 法? 他者が多く喜ぶこと? くだらない! 他者、社会にとっての善悪など意味がない! 自分が悪と思うものと戦う、自分だけの善を貫く、あえて正義というものの存在を認めるとしたら、それが俺のジャスティス(正義)だっ!」 「くっ……があああっ!?」 二人は互いの拳を正面からぶつけ合わせていたが、ギルボーニ・ランの拳を繰り出す速度がついにセイルロットを上回り、セイルロットの腹部に続けざまに拳が打ち込まれた。 「よく考えろ。神でも、法でも、国や大衆のためでもなく……本当に正義が貫きたいなら……自分だけの正義を確立しろ!」 「ぐうっ!」 ギルボーニ・ランは、セイルロットに強烈な蹴りを叩き込む。 セイルロットは、両腕で蹴り自体はガードしたものの、その威力は凄まじく、派手に吹き飛んでいった。 「……くっ!?」 吹き飛んでいったセイルロットは背中から何かに衝突し、停止する。 背後にあったのは、壁ではなく、大地に突き立てられた鞘入りの剣だった。 「面倒になってきた……もう殺すか!?」 ギルボーニ・ランは必殺の突きの時の勢いで、一気にセイルロットに迫る。 突き出されたギルボーニ・ランの右手には極東刀の代わりに拳銃が握られていた。 「吼えろ、ガヌロン(裏切り者)!」 ギルボーニ・ランが愛銃の名を唱えた瞬間、一発の銃声と共に十三発……全ての弾丸が同時に撃ちだされる。 「つっっ!」 熟考の上の行動ではなく、反射的な行動だった。 セイルロットは背後に突き立っていた剣……オートクレールの柄を右手で掴むと、大地から引き抜き、迫る弾丸に叩きつける。 七発の弾丸はオートクレールに激突し、その鞘を粉砕したが、刃は砕くことができず、弾き返された。 残り六発の弾丸は、セイルロットの太股や肩を撃ち抜いていく。 「この至近距離でのガヌロンの発砲で砕けない実剣だと!?」 聖なる光刃であるセイバーではないので、魔弾の神滅の効果が発揮されないのは当然だが、物理的に、あの距離で発砲すれば、余裕で剣を粉砕なり、貫通なりできるずだった。 「この剣……実剣を握るのは久しぶりだというのに……不思議な程に体に良く馴染む……その上、撃ち抜かれた体の痛みも薄れていくかのようです……」 急所は外れているとはいえ、体の数カ所を撃ち抜かれたにも関わらず、オートクレールを持つセイルロットからは余裕というか、力強さが感じられる。 「ちっ」 何か嫌な予感を覚えたギルボーニ・ランは、後方に飛び退きながら、拳銃の弾倉を交換した。 「この剣を……どう使えばいいのか……なぜか解る……」 セイルロットがオートクレールを両手の逆手で握り直すと、茶褐色の鋼の刃に聖なる白光が宿り出す。 「ヘヴンズセイバァァァッー!」 「なああっ!?」 セイルロットがオートクレールを足下に突き刺した瞬間、彼を中心に大地から無数の光刃が隆起し、あらゆるモノを串刺しにした。 「……逃がしましたか……」 大地から噴き出させた無数の光刃で、確かにギルボーニ・ランも貫いたはずだったが、光刃に突き刺さっているのは黒いコートだけだった。 セイルロットがオートクレールを大地から引き抜くと同時に、全ての光刃が消滅する。 「……この剣……オートクレール?……なぜ、私はこの剣の名前を知っているのだろう……?」 セイルロットはオートクレールを握り直し、正眼に構えると、その美しい姿をじっと見つめた。 刃は茶褐色に施した鋼、光り輝く黄金の鍔と柄、柄頭には美しい水晶が象眼されている。 「そうだ、この剣は確か、デュランダルやジュワーズと一緒に城の宝物庫に封印されていはずの名剣……それがなぜ、こんなところに?」 いくらオートクレールを見つめながら考えても、それ以上のことは思い出すことも、考えつくこともなかった。 「一度城に戻って、兄上……陛下に尋ねてみますか」 自分達兄弟で今も健在なのは、一つ上の兄(第六王子)にして、現国王であるラシュオーンだけである。 オートクレールや宝物庫のことについて知っていそうなのは兄である国王ぐらいだった。 「それに少しだけ疲れましたしね。街の復興や今回の事件の真相解明……しなければならないことは山積みですが……とりあえず体の汚れだけでも落としたいですね」 セイルロットは呟きながら、己の後頭部をさする。 出血した大量の血が固まっていて、とても気持ち悪かった。 体の汚れと合わせて、水で洗い流してしまいたい。 「兄上に報告する前に、シャワーぐらいは浴びないと、いくら火急とはいえ失礼ですよね」 セイルロットは城に帰り次第まずは風呂へ行かなければと決断すると、しっかりとした足取りで歩き出した。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |